ポートレイト写真
ドイツのポートレイト写真家である彼がとる写真は極めて堅実で、
頑なにカテゴリーに忠実である。
彼のとったポートレイト写真は、
被写体を社会的な分類によって認識するように私達を促す。
彼の写真から私達が得ることのできる情報はせいぜい被写体の職業や社会的地位。
そして彼の写真集は、当時のドイツ社会全体の『地図』となる。
こうして職業というアイデンティティにフィーチャリングし、撮影された写真を見ると私達は被写体個人というよりも、
この時代の料理人、この時代の銀行員
とおぼろげな典型的イメージで彼らを判断する。
しかし、いったい被写体たちはこの姿で写真に納まることが本望だったのだろうか。
職業や地位だけが自分のアイデンティティとして後世に残されてしまうことが
ザンダーの写真集は歴史的な記録として価値が高い。
時間を写真にとどめ、現代の私達に当時の空気を届けようとしているのだ。
しかし、もし自分が彼の被写体になったとしたら、
私はどのような装いをするのだろう。
職業に就いていない、何者でもない私は。
自分のポートレイト写真を撮るならどのような姿で映りたいのか。
自分のアイデンティティを聞かれたら、あなたは何と答えるだろうか。
国籍、職業、趣味、家族、友人 これだけがあなたの全てなのか。
私とは何者なのか、何をもって私とするのか。
写真という一枚の紙切れに自分を全て映し出すことなど不可能なのかもしれない。
しかし、その一枚の写真にすら何も表現できないというのが今の私なのだろう。